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福島県会津若松市にある神指城。「こうざしじょう」と読みます。

ほとんど知られていませんが、1598年に越後・春日山城から会津に移封となった上杉景勝が、1600年に会津若松城(鶴ヶ城)に替わる拠点として築こうとした城です。


1600年、徳川家康の会津征伐により工事が中止


直江兼続を総奉行として1600年3月に着工しますが、同年6月より徳川家康による会津征伐が始まったため工事は中断。9月に関ヶ原において西軍が敗北し、翌1601年に上杉景勝が米沢に移封になると、普請中の神指城は完成を待たず破却され、幻の城となります。

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工事には12万人が動員され、この時点で本丸と二の丸の石垣や堀までは完成していたそうです。縄張りとしては55ヘクタールと、なんと会津若松城の2倍の面積。会津若松城でも十分大きいと思いますが、それを上回る超巨大な城が誕生する計画でした。

さらに神指城を中心とした城下町の建設も予定されており、町割りもできていたそうです。

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徳川家康の会津征伐の(表向きの)きっかけは「直江状」ですが、直江状は隣国越後の大名・堀秀治からの謀反の疑いありという訴えがあり、家康より上洛して申し開きをするよう促されたことに対する返答です。

この時「戦に備えて超巨大な城を築城している」というが謀反の根拠の一つとされましたが、実際には町割りも進んでおり、会津の経済発展を意図したものでした。


会津若松城に代わる新たな経済の中心地を目指す


山に近接する会津若松城に対して、神指城は会津盆地の中央にあり、平野部に市街地を広げやすい点、越後につながる阿賀野川に近く、水運による交通や物流の拠点になりえた点など、都市計画の観点でこの地が選ばれました。

たしかに純粋に軍事目的であれば、だだっ広い平城よりも春日山城のような山城のほうが向いてそうです。

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想像ですが、会津は内陸国なので、かつて甲斐の武田信玄がそうであったように、沿岸部とのアクセスを強く意識していたのかもしれません。


会津からつながる阿賀野川の河口に位置する新潟津


また、阿賀野川の下流は新潟津(新潟県新潟市)で日本海に注ぎます。新潟津は上杉景勝・直江兼続にとっても特別な思い入れがある土地です。

越後時代の1580年、御館の乱で政権を取ったばかりの上杉景勝に対して、新発田重家が反旗を翻し、新潟津を占拠します。

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そこから7年、上杉景勝と新発田重家の抗争は続き、1587年、豊臣秀吉の支援も受けて、ようやく鎮圧。上杉景勝が新潟津を奪還します。

こうして苦労して取り戻した土地という思いもあるでしょうし、信濃川と阿賀野川の河口にあたる新潟津はそれだけ重要な拠点であり、経済価値も高いことをよく知っていたのでしょう。
あるいは、新潟津の商人たちと特別なつながりがあったのかもしれません。

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そもそも堀秀治の上杉謀反の訴えのほうが怪しく、家康もそれはわかったうえで、とにかく征伐の大義名分があれば何でもよかったのだと思います。


越後を引き継いだ堀家による讒言


堀秀治は小田原で没した名人久太郎こと堀秀政の長男です。1598年、上杉家が会津に移ったあとの越後を与えられ、越前北ノ庄から春日山城に入りました。

しかし、直江兼続は会津に移る際、越後で年貢を徴収してそのまま会津に持って行ったため、堀秀治はいきなり財政難となりました。困窮した堀秀治は上杉家に年貢の返還を求めるも拒否されており、上杉景勝・直江兼続に対して恨みを持っていました。

第一、神指城の築城を謀反の根拠とするのであれば、堀秀治自身も不便な春日山城に代わって「福島城」という新城の建設を計画していたので、状況としては似たり寄ったりです。

要は言いがかりだったわけですが、上杉景勝・直江兼続はこれに対して弁解することなく、家康との決戦の道を選びました。

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広大な平野にわずかに残る神指城の遺構



さて、現在の神指城。北東の鬼門にあたる「高瀬の大木」と、本丸の土塁や石垣の一部のみ残っています。

平野部を選んで築城されただけあって、周辺は果てしなく田畑が広がります。とても城があるような雰囲気ではありませんが、わずかにこんもりと森のようになったところが神指城の本丸です。

本丸内は私有地のため入ることができず、周りを囲む土塁や石垣の部分に解説板が設置されていますが、それ以外には全く観光客を想定しておらず、歩道も駐車場も何もありません。畑の畦道のようなところに車を停めて、草をかき分けて見に行く、という感じ。

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整備されていない、というよりは、むしろ荒れ果てている、と言っても過言ではないでしょう。そもそもどこが本丸なのかも道路に看板が出ているわけではないので、かなりグルグルさまよいました。Google Mapsで「神指町本丸」と住所表示されている区画が本丸にあたるので、ここを一回りすれば入り口は発見できると思います。

≪関連情報≫

会津若松市の旅行ガイド(トリップアドバイザー)
観光スポットとしては神指城も登録はされていますが、人気はまったくありません。。会津観光のついでに時間があれば一瞬見てみる、ぐらいで十分だと思います。

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