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佐賀県唐津市にある唐津城。麓にある国指定の名勝・虹の松原が鶴の羽のように見えることから舞鶴城の別名もあります。

あまり知られていませんが、豊臣秀吉の朝鮮出兵の拠点となった名護屋城も同じ唐津市にあります。1598年の秀吉の死去に伴い、朝鮮から全軍撤退となり、補給基地であった名護屋城もその役目を終えます。

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名護屋城のあった肥前唐津は寺沢広高の領地となり、1602年名護屋城を解体して、その資材を使って唐津城を築城します。
小谷城の資材を長浜城に転用したり、佐和山城の資材を彦根城に転用したり、この時代移築や資材の転用はよくあることのようです。

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寺沢広高という人物は全然メジャーじゃないので誰それ?という感じなのですが、Wikipediaによると、父親の代から秀吉の家臣で、名護屋城築城の普請奉行の一人だったようです。(縄張りは黒田官兵衛です)


寺沢広高も関ヶ原の戦いに参加していた


石田三成らと同じく文吏派で、朝鮮出兵では輸送や補給などの後方支援を担当していました。秀吉の死後は徳川家康に接近し、関ヶ原の戦いでも東軍に属します。

今まであまり意識したことはなかったのですが、改めて関ヶ原の布陣図を見ると、福島正則、黒田長政、細川忠興らの第一陣チームの背後、第二陣チームの一角に寺沢広高の名前もありました。松尾山担当の藤堂高虎の後ろあたりです。

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この時の功績で肥前唐津藩に加えて、天草に4万石加増されますが、2代藩主寺沢堅高の時代に天草領で起こった島原の乱の責任を取らされてお家断絶となります。


現在の唐津城は絶景の観光スポット

 

唐津城は萩城と似た感じの地形で、虹の松原から続く海岸線に、ポッコリ突き出た満島山の上に建つ平山城です。もともと天守閣があったのかどうかは諸説あるようですが、昭和41年に模擬天守が作られています。

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天守閣まではガッツリ山を登らなければならないのですが、現在は麓からエレベーターで登ることもできます。歴史的な見どころはこれと言ってありませんが、天守閣からの眺望は抜群なので、登ってみる価値大。北側は唐津湾、東側には虹の松原を臨むことができ、とても気分のよいスポットです。

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ちなみに幕末には小笠原氏が藩主でした。信濃の小笠原長時の子孫です。林城を武田信玄に奪われた後京都に潜伏し、天正壬午の乱で息子の貞慶が徳川方として深志城を奪還。さらに貞慶の息子の秀政が松平信康の娘と婚姻することで江戸幕府では譜代大名扱いとなったようです。名門の家系とは言え、意外にしぶとい世渡りです。。

唐津城の地図や周辺の観光情報はこちらから。

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