名古屋城1

愛知県名古屋市にある名古屋城。日本百名城の一つで、現在も地下鉄名城線という路線があったり、三の丸、丸の内といった地名があったりと名古屋のランドマーク的存在です。

明治維新後、廃藩置県に伴い全国で多くの城が破却されましたが、名古屋城は明治12年に山縣有朋が保存を決め、昭和20年の名古屋大空襲までは天守、本丸御殿が残されていました。

明治から昭和にかけて、名古屋城には帝国陸軍の名古屋鎮台(のちの第3師団)が置かれていたこともあり、身近な存在として市民から親しまれていたのでしょう。戦後、地元商店街が寄付を集めて焼失した天守の再建に尽力したそうです。2008年からは本丸御殿の復元工事が進められているほか、2013年には現在のコンクリート造りの天守を木造に建て替えるプロジェクトが発表されています。

名古屋城3

織田信秀の居城・那古野城の跡地に築城



名古屋城は信長の父、織田信秀の時代には那古野(なごや)城という城でした。1534年、織田信長はこの地で生まれますが、家督を継いだのち、1555年に本城を清洲城に移し、那古野城は廃城となります。名古屋城の二の丸付近がかつての那古野城だったそうです。

名古屋城4
 
名古屋城は江戸時代に入って1609年に家康の九男・徳川義直の居城として築城されました。

天下普請による築城で、細川、黒田、鍋島、山内、蜂須賀など西国の外様大名が動員されています。特に難易度が高い天守台の石垣は築城の名手・加藤清正が普請を担当しています。石垣の石に普請を担当した各大名の刻印があるのも見どころの一つです。

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新陰流を継承する剣豪大名・徳川義直



徳川義直は関ヶ原の戦い後の1601年の生まれで、1603年には2歳にして甲府藩主になっている生まれながらの殿様ですが、柳生兵庫助より剣術を学び、新陰流の第四世宗家を襲名していたりもします。ちなみに新陰流の始祖は上泉信綱、二世が柳生石舟斎、三世が孫の柳生兵庫助です。(漫画「バガボンド」でもおなじみ)

名古屋城の天守閣には大天守と小天守があり、2つの建物が渡り廊下で連結しています。大天守へは直接侵入することができず、まず小天守に入って、そこから渡り廊下で大天守の地下につながる導線になっています。

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そして、名古屋城と言えば何と言っても金のシャチホコ(金鯱)です。1612年の天守竣工当時から存在していましたが、その後幕末にかけて財政難のため何度か改鋳して、金の純度を下げていたそうです。明治5年には湯島聖堂博覧会に出品されたり、明治6年にはウィーン国際万博に出品されたりもしました。

ちなみに名古屋名物のエビフライですが、個人的には金鯱に似ていることにちなんで名物となったのだと思っていたのですが、そうではなく、タモリが「名古屋ではエビフリャーと発音する」とジョークで言ったことが発端だったとか。(諸説あり)

名古屋城の地図や周辺の観光情報はこちらから。

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