DSC00521

新潟県上越市にある春日山城。歴史ファンなら誰もが憧れる、あの上杉謙信公の本城です。国の史跡に指定されているほか、もちろん日本名城100選にも選ばれている名城中の名城です。

ただし、現在は山の麓に明治34年創建の春日山神社が立つほかは建築物は残っておらず、堀や土塁の遺構しか残っていないので、ビジュアル的にはとても地味です。しかし、春日山城の魅力は建物の魅力というより、戦国時代の山城の軍事施設としての魅力です。また、遺構が丁寧に調査されていて、随所に案内板が設置されているため、当時の様子をリアルに想像しながらウォーキングを楽しむことができるのも大きな魅力です。

DSC00537

山系全体を軍事要塞化した広大な城郭ネットワーク



何と言っても春日山城の凄みはその巨大さです。標高189mの春日山全体を城郭化しているだけでなく、そこから峰づたいに砦が連なり、全体で5-6kmにも及ぶ防衛ネットワークが構築されていました。

これらをすべて見て回るのはかなり大変で、春日山を一回り歩くだけでも2時間ぐらいは必要です。

DSC00532

また、興味深いのは家臣団の屋敷跡です。直江屋敷、宇佐美屋敷、柿崎屋敷、甘粕屋敷など重臣の屋敷に加えて、景勝屋敷、イケメンでおなじみの三郎景虎屋敷など一門の屋敷もあり、それぞれ案内板が設置されています。
 

御館の乱では春日山城内が両勢力の攻防の場に



急峻な山の斜面にひな壇上に屋敷が配置されており、防衛陣地としては機能的なのでしょうが、日常ここで生活するのは相当不便そうです。春日山城は詰め城ではなく、居城とされているため、謙信公始め家臣たちはここで暮らしていたことになりますが、本当にそうだったのかはちょっと微妙な感じもします。

DSC00545

1578年、謙信の死後、上杉景勝と上杉景虎の間で御館の乱が勃発しますが、緒戦で景勝は本丸を占拠し、景虎は三ノ丸に籠って攻防が繰り広げられます。城内でそんなことが可能なのかいまいちイメージが湧かなかったのですが、たしかに春日山城の規模感であればありえない話ではなさそうです。

DSC00529

一度も他国の軍勢に攻められることのなかった名城



春日山城の正確な築城時期は不明ですが、南北朝時代とされています。謙信の父、長尾為景時代に要塞として整備され居城としました。謙信も1530年春日山城で生まれています。以降、1536年に為景より家督を継いだ長尾晴景(謙信の兄)、1548年に晴景より家督を継いだ長尾景虎(のちの謙信)、1579年に御館の乱を制して家督を継いだ上杉景勝と四代に渡り、春日山城を居城としてきました。

DSC00535
 
その間、為景の時代に越後守護の上杉定実に春日山城を占拠されたり、御館の乱では城内で戦闘があったりしましたが、謙信公の時代には一度も春日山城をめぐる実戦はありませんでした。毘沙門天の化身とも言うべき戦の天才が、最強の山城に籠ったら誰も手出しできないのはもっともなことで、ある意味それが周囲の勢力に対する抑止力になっていたのかもしれません。

↓天守近くには巨大な井戸もあり、水の手も万全!
DSC00539

上杉景勝移封後は城主交代が相次ぎ忘却の彼方へ



1598年、上杉景勝が会津に移封となり、代わって堀秀治が春日山城に入城。1607年、直江津に福島城が築城され、春日山城は廃城となりました。

しかし、1610年堀氏は御家騒動により改易、代わって徳川家康六男・松平忠輝が福島城主として入城しますが、1614年に新たに高田城を築城し、福島城も7年で廃城になりました。

DSC00518

↑春日山城の駐車場にはかっこいい上杉謙信像もあります。

≪関連情報≫

春日山城の旅行ガイド(トリップアドバイザー)
天下に名高い春日山城だけあってレビューも多数。城址なのにお城好きじゃなくても何か感ずるところがあるようで、ポジティブな口コミがほとんどです。

なるほど秘湯の宿である。
歴史スポットめぐりの際はぜひ秘湯とセットで。1泊するとスタンプを一つ押してもらえ、10個貯まると1泊無料宿泊できる「日本秘湯を守る会」のお宿ガイドです。